そうだ、帝都に行こう・準備編〜過保護なJauffre〜
Martinは悩んでいた。
魔道書の解読は精神を切り詰める。『Tamrielic Lore』に掲載されているような、世界中の英雄たちの間を渡り歩くような名のあるArtifactになると、聖魔関わらず、それ自体が意思を持つかのように振舞うことがある。魔剣Umbraは、自らが選んだ剣豪から名を奪い、魂を闇に落とす。Ring of Khajiitは、濫用者を見捨てて姿を消したという逸話もある。そして書物ならば、理解すればするほど、魂の最も深い部分まで手を伸ばし、精神を破壊しようとしてくるのである。
対抗手段は勿論ある。魔術を使用して心を護ったり、薬を服用することで一時的に精神力を高めることも、魔の手を払いのけることに効果がある
。
だが、それにも限界はある。近頃、夢にまでXarxesの内容が出てくることがある。眠っている間は、心身ともに無防備になりがちだ。その隙をついて魔道書が心を破壊しようとしてくるのなら、何とか手立てを見つけなければならない。研究を中断するという選択肢も無くは無いが、世界を隔てる結界が破れ、Oblivionの門が世界の至る所に開いている現状を鑑みれば、適切な選択とは到底思えなかった。
魔術の強化が必要だ。
「こんにちはー。うー、寒い寒い」
俺は独り言を言いながら暖かい大広間に転がり込んだ。暇な時はMartinの手伝いをすることが多くなってきている。だが、Cloud Ruler寺院に住み込むのは嫌なので、伯爵夫人の紹介で借家を借りてしてここに通うことにしている。いつものように早く火に当たろうと思っていると、MartinとJauffreの話し声が聞こえてきた。どうも、どちらも苛ついているような声音だ。
「危険すぎます。受け入れることは出来ません」
「私の安全を考えてくれていることは理解している。しかしだな・・・」
Baurusもおろおろして二人を見ている。Jauffreと何やってんだ?
「こんにちはー?」
「おお、よく来てくれた」
「Night、Jauffreを説得してくれないか」
「一体何があったんだよ」
困惑した俺を見て、Jauffreが口を開いた。
「殿下がご自身で、魔術強化のために帝都で書物や器具を見繕いたいと言い出されてな。Night、殿下が死んだらこの世の希望は潰えるのだ。刺客がまだ潜んでいるかもしれない昨今、そのような軽挙は、殿下の命令であっても認めがたいのだ。欲しいものがあれば我等が買い付けに行くというのに。我等はBlades、求めるものを見つけることくらい容易いものだ」
「そうは言ってもだな、大事なものだし、私自身がきちんとその目で確かめたいのだ。Xarxesから心身を護るためには、な。夢にまで本の毒が迫ってきているようで仕方ない。早急に手を打つためにも、物が集まる帝都に行きたいのだ」
「Xarxes? 俺もチラチラ見ているけれど、何にも影響は無いぞ?」
Martinは溜息を吐いて呟いた。
「恐らく君の心は特別なのだろう。私の背後でいつもBaurusが見守っているのだが、うっかり書の内容を目にして気分が悪くなったことがある。チラッと見ただけでこれなのだからね。どうして君が影響を受けないのか、研究者としては調べてみたいものだ。君はNineではなくDaedra教徒であるようだが、その影響であるにしても・・・」
「そうだよなあ。精神力ならMartinとそう変わるもんじゃないし、Daedraを信仰してたら書物に毒されないってこともねえよなあ。Martinだって昔はDaedra教徒みたいな感じだったんだろ? 書物に毒されないって言ったら、それこそ・・・」
それこそDaedra、と言おうとして、俺はハッとして口を閉ざした。
Daedra LordのAzura様は、夜明けと夕暮れの魔法によって、幾千年もかけてIndoril Nereverの魂をこの世に呼び戻し、予言の日、不明の両親の元に誕生させた。
通常のDaedraだって、殺したところで、魂はいつか受肉して蘇る。よって、肉体が滅ぼされることを、正式には「死」ではなく、「追放」と言うんだとか。
グダグダとトリビアを並べてしまったが、要するに、俺も死んで復活した、という意味ではDaedraみたいなもんだ。もう一回殺されたらどうなるか解らんとしても、そんな事情だから、書物の毒にやられなくなったとしても納得は出来る。でもまあ、敵地の中心で言うことじゃないか。帝国にとって、俺は目の上のタンコブ的存在だし。
「どうした?」
Martinが急に黙った俺を見て首を傾げたので、慌てて取り繕った。
「いや、何でもない。そうだなあ、魔術書なら帝都の『First Edition』の店長かなあ、やっぱり。Camoranの評論集だって知ってるくらい通だから、Daedraの魔術から心身を防衛するのに関連した魔術書だって知ってるかもしれない。ついでにDaedra関連の書籍を見るのもいいかもな。大学に行けば博識の人がいるから、何か教えてくれるかもしれないし。錬金用具もいいのを揃えたら効果は高まると思うぜ。やっぱ、本人がそういうの見るの一番だろ? 俺はMartinの意思を尊重したいから帝都に行くには賛成だが。何だったら、俺が護衛役を買うよ」
「Night!」
Jauffreが叱咤したが、俺はさらりと受け流した。
「だってさあ、いきなり『アンタは皇帝の落胤でした』なんて言われてのんびり暮らしてたフツーの司祭から殿下になっちまったんだぜ? Kvatchが襲撃されて仕方なかったとはいえ、普通の暮らしに別れを告げる間もなく来ちまった。それに、皇帝の息子が生き残っていることは一般市民には知られていないから、今のうちに帝都を見ておくのも勉強になると思うが。一度皇帝になったら自由に出歩けないし、Martinを見る目が変わっちまうしな」
「だからと言って、殿下の無事が今の最優先なのだぞ。Nightよ、お前は殲滅や暗殺の才には長けているが、護衛の才はそれほどでもなかろう。護衛はただ単に敵を倒すより難しいものだ。腕があるからといって殿下を守りきれる保証にはならん」
それはそうだな、と言葉に少し詰まったが、その時、Baurusがそっと柱の影から進み出てきた。
「恐れながら、Jauffre殿」
「何だ? Baurus」
「私ならばNightに欠けている護衛の才もあります。一人より二人のほうが殿下も安全に守られましょう。いざという時は私が殿下の盾になります。それに、Nightも場数を踏んでいるのですから、殿下の剣として、共に敵中を突破することもできましょう。どうか私をNightと一緒にお付け下さい」
「Baurus!!」
Jauffreの頭が茹でタコみたく真っ赤になってるのは見ていて面白いのだが、のんきに構えているわけにもいかないか。
「少しくらいMartinを外に出さないとメタボ腹になっちまうぜ。太った皇帝だなんてちょっと嫌だぞ。それに、Jauffreがどう言おうと、俺はMartinの味方だから、Jauffreが止めても連れ出すぞ」
俺の揺さぶりに、Jauffreは「うっ」と息を詰まらせた。
「Night、貴様・・・」
「それとも、俺たちを信用していないってか」
その時、Jauffreの気迫が突然変わった。俺を親の仇でも見るかのような目つきになっている。半分冗談で言ったつもりだったのだが、いきなりの豹変振りに思わず俺は一歩後退した。
「二人とも、喧嘩は止めてくれないか。私のことで言い合いになっても嬉しくない」
Jauffreは、Martinの声にハッとしたようだった。剣呑な雰囲気が消え、いつものしょっぱいものを食べたような顔つきに戻る。
「い、いえ。殿下の御前で失礼致しました」
そう言うと、Jauffreは腕を組んで何か考えはじめた。
BaurusもMartinも、何で俺に物凄い顔をしたのか、疑問符が飛んでいるようだった。俺もワケがわからなかったのだが、どうも嫌な予感というのか、背筋がぞくぞくしてならなかった。
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(2007.8.2)