ある罹患者の終わり

「いやー! あそこの店のArgonianの首の剥製見て飛び上がったんだって?」
「止めてくださいよー!」


 俺が骨を仕込んでいる間に、いつの間にやら話が広がっていたらしく、Balenさんの店から帰ると、いつぞやの仕事で毒草をくれたTarosさんに大笑いされてしまった。他の人たちもニヤニヤしている。Telvanni地区は隣なので、誰かに見られたんだろう。うう、Enoさんが何も言わないのが救いだ(泣)

「だって仕方がないじゃないですかー! TarosさんだってDunmerの首をいきなり見たら少しは驚くはずですよ! あんまりからかわないで下さい!」
「いやー、中々腕が立つと思ってたけど、やっぱり精神面はまだまだ年相応ってことだな。兄弟の今後に期待しよう。君があの店からまろび出てきた時の顔は傑作だった…」
「みんなに話したのTarosさんだったんですかい!!」
「悪い悪い、いやまさかこうなるとは思わなかったんだよ。ほらそんな顔をするなって。お詫びにどっか連れてってやるからさー。聖Olms地区にいいバーがあるんだよ」


 何だか食べ物で誤魔化された気がしないでもないが…でも連れてってくれるという言葉についつい乗ってしまった。それにしても聖Olms地区か。Caiusの指令で盗賊ギルドの人に話を聞きに行って以来だったかな? 久しぶりだな。


 Dunmerの建築物は、内部にわざわざ花とか木とかを植える場所を設けている。自然との共生ってやつだろうか。


「あ、そんな顔だったんですかー。初めて見ました」
「うん? そうだったかな。まあ、滅多に脱いだことはなかったからねえ」

 などとまったり話をしながら酒を注文した。
 まだ日も高いので、お客さんは俺たちだけだ。貸切同然でのんびり飲んでいると、Tarosさんは「女将さん、最近どうよ。何か面白いこととか聞いた?」と世間話をはじめた。昨日の今日なので「また物価が高くなっちゃってねえ…」とかいう不景気な話になるのかと思ったのだが、意外にも女将さんは溜息をついて首を振った。


「噂? ごめんなさいね。うちの亭主が居なくなっちゃったもんだから、どうもそういう話を拾う気になれないの」
「え? ご主人さんがいなくなっちゃったんですかい?」

 女将さんは「お客さんに話すようなことではないんだけれど…あなたがたなら話せるわ」と、暗い顔で頷いた。

「そうなの…うちの亭主、Danar Uvelasって名前なんだけど、また居なくなっちゃったのよ。何かやらかしたのね。そうでしょうとも、あの人ったら、Skoomaなんかに手を染めちゃって。止めるって誓ってはいたのだけれどね。ここ数日どこかに行っちゃってまあ。最後に戻ってきたときも具合は良さそうじゃなかったし。Corprusか、それと同じくらい恐ろしいものにかかっちゃったのかって心配してるのよ。もし良かったら、あの人を見つけてもらえないかしら?」

 困り顔のおかみさんに、Tarosさんはうーん、と唸った。

「ホラ、あなたがた、アレでしょ? 地下のことには詳しいじゃない。カタギの私ではとても探しに行けないのよ。別に何とかしろってわけじゃないのね。せめてどこにいるか知りたいのよ」
「どうするよ、兄弟」
「どうするたって…」

 今は仕事も無いわけだし。女将さんがご主人さんがヤク中だから殺したいってなら話は別だけど、そういう物騒な頼みでもないし。普通の人がアングラなところになんて行けないしなあ。もし組織の対面が〜とかだったら、「たまたま地下を歩いてたらご主人を見つけた」ってことにすればいいんじゃないかな。

「…というわけだよ、女将さん」
「やってくれるの? まあ、本当に心が軽くなったわ! Danarと亭主の悪い友人は時々、Skoomaをキメるために下水の近くにたむろするらしいの。そこに下りればいるんじゃないかしら」

 と、いそうな場所の手がかりと、人相を教えてもらって俺とTarosさんは店を出たんだが、早々にこんなことを言われてしまった。


「…その通りデス」

 Tarosさんは笑って「だよねー」と言ってくれた。まあ、咎める気は無いらしい。

「うーん、何だったら俺だけで探しに行きますけど?」
「いやいや、女将さんの店にはたまに行ってるんだ。よくしてもらってるし、だったら少しくらいはお返しをするのが義理人情というものさ」


 そんなわけで下水の一階上までやってきたのだが、辺りを探してもそれらしい人はいなかった。ということは、地下…下水にいるのかな。最後に見たとき、ご主人さんは顔色が悪かったと言っていた。だとすれば、Skoomaに酔っているうちに具合が悪くなって身動きが取れなくなっているのも考えられる。っていうか、そんな体なのにばっちい所にしけこむなんてなあ…ただパイプを抱えてトリップしてるだけだといいんだが。
 でも、ここの地下って秘密神殿みたいなものとかあるわけだし、別の区画では殺人犯とか逃げ込んでたわけだし、下水は危険な場所だ。いないならいないでそっちのほうがいいんだけど…。

「最近は地下も地上も物騒になったからねえ。兄弟よ、用意は出来てるかい」
「はい。武器はあります」

 幸い、俺の腰には研いだばっかりのDaedric Wakizashiが挿し込まれている。そこいらのごろつきに遅れはとらない。


 TarosさんはMorag Tongらしく、弓矢が上手らしい。サクサクとネズミに矢を当てて「よしよし、なかなかいい調子だ」なんて呟いてた。


 しばらく行くと、久しぶりな顔と出会った。

「あらぁこんにちは」
「こんにちは…って、またなんかやったんですか」
「あはは、そーなの。でもここなら安心ね。Caiusは帝国に帰っちゃったんだって? ちょっと寂しいわね」
「ええ。また戻ってくるとは言ってましたけれどね」

 世間話を始めた俺たちだったが、この人だれ? とTarosさんが聞いてきたので、「盗賊ギルドのAddhiranirrさんです」と紹介することになった。

「あ、そうそう。Danar Uvelasって人見なかった? 奥さんに言われて探してるんだけどさ。この辺でSkoomaふかしてるみたいなんだ」

 奥さんから教えてもらった人相を話して見ると、Addhiranirrさんは首を捻って言った。

「ちょっと前に、水路を繋いでるトンネルあたりで見た気がするわね。Addhiranirrは追われて走ってたから、そんなにはっきり見たわけじゃないけど」
「そうですか、ありがとうございます」

 早速トンネルに入り、誰か居ないか見回しながら向かいの水路に向かって歩く。
 通路の半分辺りに来たときだっただろうか。人のうめき声のようなものを耳にして、俺とTarosさんは足を止めた。「うかつに進んではならない」という、ひやりとした危険な気配を感じたのだ。そっと身をかがめ、水音を立てないように慎重に進むと、トンネルの曲がり角からそっと様子を伺った。


「あれは…」


 ぼろぼろに朽ちた服。爛れて、ところどころ皮膚が剥がれ、肉が露出している。頭をかきむしり、しきりに苦痛の叫び声を上げているその姿は、最早理性の欠片もない。
 Corprusだ。


「Tarosさん、あれってまさか…」
「そのまさか、だろうな。どうもこうも、こうなるなんてなぁ…どこで病気を拾ったかは知らんが、ああなったらもう一刻も早く殺すしかない」

 Tarosさんは正しい。Corprusの罹患者は殺されない限り死ぬことは無い。このまま放置しても次の犠牲者が出る。一般市民なら逃げるべきだが、俺たちは戦う術を身に着けている。やらばやることは一つ。

「ええ…俺なら感染しませんし…下がっててください」

 Tarosさんは厳しい顔で頷いて、弓を構えた。俺を止めないのは、Argonianは病気にかかりにくいと判断してのことだ。実際は、俺が既にCorprusに感染してるせいで病気にかからなくなってるだけなんだが、どちらにしても、耐性の無いTarosさんを感染の危険に晒すわけにはいかない。

「わかった。俺が矢を撃ったら、飛び掛れ」


 刀を抜き放って、慎重にタイミングを計る。
 誰かと一緒に戦うのは初めてだったけれど、Tarosさんなら大丈夫。慎重に近づいて、確実に刃が届く距離になった時、風を斬る音が聞こえた。Tarosさんの矢だ。鋭い一撃を受けたはずみで、朽ちた体が吹っ飛ばされる。すかさず飛び掛って、斬りつけた。




 Tarosさんの矢のおかげで、あまり長引かせずに済ますことが出来た。苦しむ暇もほとんど無かっただろう。

「…指環があるな」
「あ、本当ですね。近づかないで。俺が取ります」

 皮膚が破れかけた指に、キラリと光るものがあった。飾り気の無いそれを抜き取って眺めると、Moroniさんの名前と、Danarさんの名前が裏に彫られていた。結婚指環だ。何かの間違いであって欲しかったが…。

 Darnarさんの体を魔法で燃やして灰にし、俺とTarosさんはきっちり体を洗って奥さんのところに赴いた。ショックが大きいだろうと俺とTarosさんは判断して、DanarさんがCorprusに感染して、人食いになってしまっていたことは伏せておいた。
 見つけた時には既に手遅れになってしまっていたこと、感染を防ぐために、遺体はその場で灰になるまで燃やさざるを得なかったことを伝えて、壷に収めた遺灰と指環を渡した。
 女将さんは震える指で指環を見ると、「間違いなくあの人のものです」と呟いて、涙を流した。


「なんてこと…まさかそんなことが起こっただなんて。ショックで何も言えないわ、何かの間違いだったらいいのに。何年もSkoomaを止めようって努力はしていたの。Yui-Liさん、Tarosさん、ご助力感謝します。せめてこれを取っておいてください。何かのお役に立てるでしょうから」

 そう言って、具合が悪くなったご主人さんのために買っておいただろう、病気平癒のポーションを三本ゆずってくれた。俺には必要ないものだけど、奥さんがどんなにご主人を心配していたかがこのポーションに詰まっていることを考えると、無碍にするのも気が引けた。「ありがとうございます」と小さな声で呟いて、瓶を持って店を出た。


「いいことはしたんですけれど、気は重いですね」
「そりゃあねえ。不謹慎な言い方をすれば、元はSkooma食いの旦那が悪いってことにはなるけどな。そんなもんやってなかったら、Corprusにかからなかったかもしれないわけだし。でも、下水でパイプ抱えて幸せそうにグースカ寝てたのを見つけて拍子抜けってほうが俺たちも後味よかったさ。まあ、うちのギルドもアレだから、あまり大声でSkoomaとかの悪口は言えないんだが」

 色んなものが入ってる木箱の中に、砂糖があったことを思い出した。Camonna TongやDark Brotherhoodよりはマシなんだろうが、何だかんだ言ってアングラな組織であることは変わりない。

「でも最近流通量も多くなってるみたいだし、そのうち、依頼でも入って何か起こるんじゃないかな? あまり犯罪が多くなるのも、アレだからね」
「え? それって盗賊ギルドを潰すとかそういうことですか」

 俺の考えに、Tarosさんは首を振った。

「盗賊ギルドは組織としては可愛いもんだし、こっちから手を出すことは無いと思う。Enoさんが人を送るとすれば、パワーバランス的にもCamonna Tongの方だろうなあ。警告までに有能な部下を何人か斬るくらいで、親玉をとっちめるまではしないはずだけどさ。最近、どうもキナ臭い動きをしているらしい」
「へえー」
「裏社会のこともよく知っておいたほうがいいぞー」

 なんて、わははと笑いながらTarosさんは俺の背中を叩いた。鍛えられた体でバシバシ叩かれるのでちょっと痛かったのだけれど、暗い考えを吹き飛ばそうと気遣ってくれているのかもしれなかった。


 Camonna Tongは、いつぞやの時も喧嘩を装って派手に血祭りにあげたこともある。いつかまた、どこかで係わり合いになるのだろうか。それこそ、今度はWritできちんと命令を受けて。
 でも今はこれ以上考えるのはいいや。もう夕餉の時間だし、何時の間にか日も落ちかけている。とても綺麗な夕暮れが目に染み入るようだ。
 ああ、本部に帰って、美味しいご飯を食べたいなあ。


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(2009.2.3)