お灸の名は透明化

「ねえ、困ってる商人を助ける気、ない!?」


 開口一番、そう訴えたのはDwemerの骨を仕込まれたJeanneさんだった。
 あれから気になって、朝食の腹ごなしに散歩に出かけたついでにちょっと様子を見に来たのだが、案の定なことになっていたようだ。俺の腰にある刀が業物とみるや、物凄い形相で訴えかけてきた。

「あ、あの落ち着いて。何が起こったんです」
「最近ちょっと仕事がうまくいったと思ったら、店がとんでもないお化け屋敷になっちゃったのよ!」
「お化け?」

 確かに枕元に置いておいたらヤバイものを仕込んだのは俺だが、気になって、先を促した。

「本当につい最近のことなの。Dwarfの幽霊が店に出たのよ! どうしてここに出たのか、なにをしたいのかわかんないけど、お客さんがみんな近づかないのよ! このガードときたら、何もしないときたのよ。祖霊をうっかり怒らせるようなことをしたんじゃないかってね。幽霊をなんとかしてくれたら嬉しいわ」

 うわー、あれって幽霊が憑いてたんかい!


 チラッとOrdinatorを見てみたが、視線を逸らした。

「霊が理由無く怒るはずもなかろう。幸い、霊はこちらまでは来ず、客に被害は無い」
「全く! 一体なんのためにいるんだか」

 うーん、Dunmerは元来、祖霊を大切にする。だから、その霊が(Dwemerの霊だけど)いきなりJeanneさんのとこに出て怒ってるとなれば、彼女が迂闊なことをして霊を怒らせたってほうが道理にかなうと思ってるんだな。まあ仕方が無い。っていうか、さっきからキシャーキシャー煩いんだが、あれって幽霊の声かい。道理でどこかで聞いたことがある声だと思った。

「んー、そうは言っても。Jeanneさんに何か非があったとしても、十分バチは当たったと思いますよ。それに、今は大丈夫でも、いつ人を襲うかわからないじゃないですか」

 言外に「倒していいか」と聞いてみたが、Ordinatorさんは「ま、好きにすればいい」と言ってくれた。Dunmerの霊ならともかく、Dwemerの霊ってこともあるかもしれないが。


 なんていうか、いかにもマッチポンプなんだが、流石にこうなるとは思わんかったしなあ。精々、落し物が多くなるとか、そんな程度かと思ったんだが、危害を加えられるまでになると、これはちょっと。
 出たって噂はもう広まってるだろうから、幽霊を倒しても構わないだろ。風評被害が消えるまでしばらくかかるだろうし。


 早速扉を開けると、幽霊が魔法を放ってきた。派手なだけのこけおどしだが、素人には脅威だ。


 さっさとあの世にお引取り願った。
 Jeanneさんは感謝してくれたが、幽霊をしこんだ責任は俺にもあるので、そそくさと店を出ることにした。そこまで図々しくはなれない。

 さて。
 本部で遊んでたり礼拝したり修行してたりしたら、日用品や雑貨、食料などの買出しを頼まれたので、聖Delyn地区に行くことになった。ついでに俺も欲しいものがあったので、メモをもらってPrazaに向かう。
 Arenaって、店が無いんだよなー。娯楽施設なんだから仕方が無いんだけれど。


 しかし、こうして平和な街を歩いていると、どうもDagoth Urの脅威を感じにくいのも事実だな。


 Prazaは色々な店が揃っている。


 ガラス工房があったり、


 陶磁器工房があったり。もちろん販売もしている。
 どっちゃり買いこんでも、Fists of Randagulfの力があればなんのその。アーティファクトを買い物に使うなんてNordというか元の持ち主のRandagulfが泣きそうだけれど、つい使ってしまう。だって、便利だしさ…いーじゃねえか! 埃かぶってるよりはマシなはずだ!

 そんなこんなで店をはしごして目的のものを買い終えて、そろそろ店を冷やかすのもやめてArenaに戻るか、なんて思ってたら、いきなり声を掛けられた。

「そこのあなた、助けてくれませんか?」

 辺りを見回したが、人の気配がしない。「?」と思っていると、「ちがいます! ここにいます!」と声が聞こえた。声を頼りに、顔を向けると…。


 うおっ!
 ちょっと驚いて尻尾をピーンとさせてしまったが、男は安堵の表情を浮かべて俺に寄って来た。

「僕の名前はCassius Olciniusといいます。魔術師に透明にされちゃったんですよ!」
「透明に? 魔術師に?」

 俺はじっとCassiusを見た。影はかなり薄く、漫然と見ているだけでは視界に入ったとしても、まず気付かないレベルだ。俺もこの手の術は使うが、ここまでのレベルとなると、そう簡単な魔法ではない。


「ええ。Fevyn Ralenという魔術師が透明になる呪いをかけたんです。こんな姿になって暮らすということが想像できますか! 誰も僕と話してくれないのです。幽霊か何かだと、みんなに思われるんですよ。このままではいられません。魔術師と話をつけに行くなんて怖くて出来ないし、商人の父にバレたら何て思われることか。ねえ、助けてくれませんか?」
「んー、まあいいよ」
「やってくれますか? ああ、本当にありがとうございます。感謝の言葉もございません。みんな僕にむかって歩いてきたり、ぶつかって転ばされたりするんです。誰も話してくれないし。ひどいものです」

 ちょっとかわいそうだと思ったのが半分、職業柄、幻術は勉強中なので、魔術師に興味が湧いたのが半分。早速、魔術師Fevyn Ralenについて聞いてみることにした。

「彼はVivecのTelvanni区にいる魔術師なんです。一体どうしてこんなことをしたのか。本当に恐ろしい」

 うーん、心当たりは無いときたか。Ranis師あたりにこの話を持っていったら「Now you die!」な命令が電光石火で下されそうであるな。


 今日、俺はみんなに晩御飯を作らんといかんのだよ。さっさと終わらせて早く帰りたい。
 メイジギルドより自己中と変人の多いTelvanniの考えることは俺もようわからんのだが、愉快犯か、それとも何か理由があってか。前者だったら魔法の威力をちょっと試したとかそんなトコか? 
 でも、魔術師も暇じゃないし、彼らは他人とのいざこざは基本嫌がる。それに、仮にも街中に住んでる魔術師なら、あまりぽんぽん人に魔法を放つことはしないはずだ。Cassiusはメイジギルドの人間でもなければ、どこかのHouseに所属しているわけでもない。それに、掛けられた魔法は直接危害を加えるものではない。さしずめ、嫌がらせが目的か?

 さて。Arenaに荷物を置いてから、身軽になって隣のTelvanni地区に出かける。何分手がかりが少なかったので、少々歩くことになったが、Waistworksで魔法店を経営しているらしいという話を聞いたので、早速伺ってみることにした。ふむ、かなり強面のDunmerだなあ。


「…というわけなんですけれど」

 と、Cassiusのことを話を持ち出してみると、あからさまにFevynさんは機嫌が悪くなり始めた。


 かなりイライラしていたらしく、怒涛のごとく喋り始めた。鬱憤を晴らす相手が丁度現れたということか(泣)

「もちろん奴を透明にしたのは私だ。理由を話したかね?」
「い、いえ。一体どういうわけで、こんな手の込んだことを?」
「奴も同じことを言っていたがな! みんなから放っておかれたいとかいう戯言をぐちぐち呟いて、透明になって衆目の目を避けるのに400Septim持ってくるとか言いよった。金はもらったかだと? ハッ! 奴はまだ払っとらんのだよ。というわけで、数週間もしないうちにやってきてこの魔法なんとかしてくれと頼みに来るはずだから、その時になったら奴の顔を笑ってやるつもりさ…まあ、そんなところだな」

 全面的に悪いのアイツじゃねーか!(´∀`;)

 そのうち、「最近の若い者は」というお決まりの文句が始まり、しばらくそこに釘付けにされるはめになったが。ああもう。適当なところを見計らって、未払いの金について聞いてみた。

「まだあと400Septimツケがある。あの馬鹿息子も自分のやってることがわかってないようだから、特にツケを請求する気は無いな。もしその気があれば、お前がツケを払ってもいいがね。止めはせんよ」
「いえ、止めておきます」
「その通り。自分で支払うべきだ。全く、馬鹿な奴だ。脳足りんな馬鹿だ。馬鹿以外の何者でもない」

 と、愚痴を再び呟き始めた。これ以上ここにいると、更に愚痴につき合わされそうなので、適当なところを見計らって店を出ることにした。
 400Septimなら今の俺に払えないことはないが、そこまでお人よしではない。魔法を買ったんなら相応の対価を支払うのは当然だ。それに、ツケを踏み倒されたなんて話が広まったら、今後、商売をするにも困ることになる。直接請求しないのはアレかもしれないが、それを考慮に入れてもCassiusの方が悪いのには違いない。
 Ashlanderの巡礼者誘拐のときは身銭を切ったが、今回の場合はそこまでする義理は無い…というか、自分のケツは自分で拭くべきだろコレ。しかも透明になったそもそもの理由が「人を避けたい」っておい。そんなにイヤなら部屋にでも閉じこもってろ。


 まあいい。とりあえず息子のところに戻ってみたが、相変わらず右往左往している…ってか、よく見ると店の前をうろうろしてるな。ああ、あの店って、馬鹿息子の父の店か。そういや、父親にバレるのを恐れてたなあ。Cassiusに400Septimも持ち合わせがあるなんて思えないし、この有様では金策もできんだろう。ここは俺から父親に言って、あとで厳しく灸を据えてもらうか。

 俺は息子を尻目に、店に入った。人の良さそうな方だ。

「こんにちはー」
「いらっしゃい…おや、さっきの方ですか。何かお忘れ物でも?」

 息子はともかく、この人に言いつけるのはちょっと気が引けるな。

「あー…いえ。実はその、さっき息子さんに店の前で会いまして。どうも透明になる魔法を買ったはいいんですが、まだ未払いで、魔術師のFevny Ralenさんって人が怒って、透明化が継続する呪いをかけちゃったらしいんですよ。お金さえ払えば元に戻すそうです」
「Cassiusがなんと??? ええっ???」


 Lucretinaus Olcinius氏は、大きな溜息をついて、顔に手を当てた。

「ああー、なんて馬鹿な子なんだ。でも、息子には違いありませんし、あの子のことは大切に思っております。さあ、このお金を持っていって、未払いの分を払ってください。たまに若者はこういうことをしでかすもんです」

 そういうと、店のカウンターから金貨の袋を取り出して、400ゴールド詰めてくれた。この後約束があるので、どうしても店は開けられないそうだ。
 Fevyn Ralenのことはこの人も知っていて、それなりの値は張るが、対価に見合うだけの良い仕事をする魔術師と聞いているようだ。皮肉なことに、腕の程は息子さんが証明してしまっている。もちろん、今回の一件では魔術師を怒るではなく、息子さんの方に非があることを全面的に認めている。父親が分別のある人で良かったな…。
 早速金を持っていってRalenさんに届けると、こちらもやれやれと言った調子だった。

「奴の父親がツケを払ってくれて良かったよ。わかった。よろしい、それじゃ、解呪するとしよう。聞いた限りでは、父親は正直者らしいし、特に憎むようなこともないしな」

 そう言って、Ralenさんは呪文や魔法陣がびっしりと書き連ねられた羊皮紙を取り出し、手のひらから炎を出して墨にした。これで元に戻ったことだろう。
 戻ったことを報告しに行くと、Cassiusにひっつかまって感謝感激された。

「ありがとう、ありがとう! また見えるようになって良かった。何かしてあげたいところだけれど、お金やそれに代わりそうなものがないんだ。透明になってると、仕事もみつけられないってことだね。本当にありがとう!」

 俺に感謝する前に何かやることがあるだろ、と思いつつも店に入ると、息子の奇声でも聞いたのか、親父さんもほっとした顔で出迎えてくれた。

「息子のツケを払ってくれたのですね。ご助力感謝いたします。骨を折ってくれたお礼として、どうぞ」
「え? いいんですか?」

 そう言って、親父さんは100ゴールドくれた。ちょっと申し訳ないくらいだなぁ。俺がしたことといえば、市内を往復して話をつけたくらいなんだから。それよりも、息子さんのほうをシメて欲しいな。
 これに懲りて息子さんも反省することを期待しつつ、いい加減夕食作らないとヤバイので早々にお暇することにした。

 料理の結果? …Enoさんに「お前はかまどの前にいるより、すり鉢と乳棒の前にいたほうが…」と渋い顔で言われたよ。全部食べてくれたけどさ。トホホ。
 

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(2009.2.5)