無名騎士Umbra
一眠りして疲れを取ると、この街にあるという寺院に足を向けた。
…とはいえ、ここのTempleは規模がとても小さい。住み込んでいる司祭さんも一人だけだ。巡礼者も風俗店に入り浸るような背徳の街に、人員は裂けないということなのかもしれない。
「あなたがあのNerevarineを名乗る無法者を何とかするために派遣されてきたのですね」
「ええ。ここに来るまでにチラッと様子を見てきましたが、ずっとあんな調子で?」
「そうなのです。私も説得しようとしましたが、どうにも手に余りまして。説得に失敗したら…その、殺さなくてはならないとは知っていますが、生憎、腕のほうは今ひとつなのです。それに、私しかこの寺院に常駐している司祭はいません。仮にも司祭たる人間が異端者とはいえ、人を殺したとなれば角が立ちます。それで上のほうに派遣を要請したのです」
そういうことか。寺院は呪文や薬の販売とか、冠婚葬祭を主に扱ってるんだが、俺はそういう普通の業務は任されていない。外国人だし、Argonianだし、Morag Tongだってこと、上にも知られてるだろうしな。そういう物騒な人間を目立ったところに置いとくわけにもいかんわけだ。
とはいえ、寺院もたまには異端者の排除とか荒事をせにゃならん。でも、通常業務に就いてる者はそういうのは不得手だし、いくら異端者とはいっても、人を殺したとなれば評判も悪くなるから、今後の業務にも支障をきたす。そこで、動かすのに何かと都合がいい存在を選ぶことになる。それで、寺院に常駐していない俺に白羽の矢が立ったわけだな。俺ならそれなりの腕もあるし、寺院に常勤しているわけでもないし、異端者を殺しても「まあ、あの人なら…」という程度の風評で済むし、最悪、死んでも「あの人なら仕方がない」で片付けることが出来る。体のいい鉄砲玉というわけだ。
…ん? でも待てよ。
「そういえば、Ordinatorとかには派遣を要請しなかったんですか? 言っちゃ悪いですが、異端者の排除なら専門分野でしょう。わざわざAld'ruhnに派遣を要請するより、Vivecに要請したほうが地理的にも早いはずですが」
「Vivecの大寺院に要請すると、大事になってしまいますからね。この街は見ての通りですから、裏通りを歩く者に無駄な刺激を与えることにもなります。そういうのは避けたいのですよ。Redoran系の寺院なら武に秀でた人もいるでしょうし」
「なるほど。わかりました」
大勢でぞろぞろ行くよりは、少数精鋭で行ったほうが迅速かつ無難に事を進めるというわけか。この人も余計な恨みを買って、物音や戸締りに気をつけなければならない生活を送りたくないだろうし。それに、派閥的にも、頼みやすいものがあるのかもしれない。Hlalluは親帝国派だし、Telvanniは俺様至上主義だからな。Redoranはその辺、中道派だし、Templeとも仲がいい。だから、Ald'ruhnの寺院に派遣を要請したのかも。
さて、まあいつまでもNerevarine(仮)を放置するわけにも行かない。俺としては、変態と話したくないからどこか遠くから狙撃して終わらせたいが、一応人命尊重ということで、まず説得を試みて、流血沙汰は最終手段ということにしておこう。
肝心のNerevarine(仮)だが、昨日と同じように広場にいて、「Red Mountainは灰とBlightを振りまいている! 罪深き者どもはHouseに集っている! Incarnateに時は来たれり!」など、恥ずかしい格好で恥ずかしいことを叫んでいた。一体何の罰ゲームだ。同じNerevarine(仮)として思うが、金を貰ってもやりたくないぞ…。
「アンタがNerevarineを名乗ってるって聞いたけど?」
こいつの電波ゆんゆんの叫びを聞いていると精神力がガリゴリ削れて気力が萎えるので、意を決して話しかけた。
「ふふん、そうとも。Dunmerを統一して侵略者どもと戦い、Dunmerだけの国を復活させるのだ」
「えー? でも偽のIncarnateってみんな言ってるけど?」
「貴様も信じぬのか? 私は自分の運命を理解しているぞ。違うのだと証明するのは難しかろう。私はな、夢で啓示を得たのだ。目覚めよという夢など、貴様は見ておらぬだろう?」
「夢…?」
俺の脳裏に、いつかの黄金仮面の声が響いた。
「Load Nerevar Indoril。Hai Resdaynia! 長らく忘れ去られ、生まれ変わった貴方! あの三人が貴方を裏切り、あの三人が貴方に背いたのです! 貴方が剣を向けた一人こそ、三人分正しいのです! このLoad Voryn Dagoth、Dagoth Urこそが! 貴方に尽くし続けた忠実な部下であり、親友として、Red Mountainに登って来てくることをお勧め致します! Red Mountainの地下にもう一度至り、貴方が縛り付けられている枷を壊し、呪われた肌を脱ぎ捨ててMorrowindからよそ者を追放しましょう!」
あいつ、いい加減に電波を飛ばしやがった!!!(´∀`#)
「Dagoth Urってば、案外とお茶目さんだにゃ★彡」と笑うところかもしれないが、俺にとっては笑える話ではなかったので、ますます殺意が高まった。
テメエ、だったら俺の寝床にゾンビなんかけしかけるんじゃねえよ!!
さて、俺が次に言うべきこととしては「何ワケワカメなこと言ってるんだテメー」と「あー、それ俺も見たことあるよ。Dagoth Urの間違い電波があんたに届いたんじゃね?」の二択があったんだが、この人は単に、「そうか、俺って勇者だったんだ!」と勘違いしたただの舞い上がった人であることが判明したので、説得の方向で話を進めることにした。
最初、俺の話を聞いて、「そんな馬鹿な!」と納得しかねる様子であったが、何分俺もNerevarine候補としてあちこち行かされた身だ。説得力のある話に、とうとう膝を屈したようだった。Nerevarineならクリアできるはずの、特に「第二の試練」の内容を突いたのが効いたな。
「自分じゃなかったのか? 夢を見てそうだと思ったのに。多分、貴様が正しいんだろう…私を正しい方向へと言葉で導いてくれた。この罪はきっと償わせてもらうよ。すまなかったな。ありがとう」
「いえいえ〜。わかってくれればいいのさ」
切った張ったになるのは俺も本意ではない。やれやれ、と歩き去ろうとした時、男のズボンのポケットから覗くものを見て足を止めた。あの像…。
!!
…Dreamerか。こんな街中に出るとはな。
多分、この元Nerevarine候補さんのポケットにあるのはAsh Statueと言われる像だ。Sixth Houseの奴等がよく持っているらしいし、俺も見たことがある。後でこいつのポケットからスリ取る必要があるな。こいつがこれをもっていることを考えると、あそこにいるDreamerが接触して渡したのかもしれない。目的は…まあ、Dagoth Urも俺を懐柔したがっているようだし、そういうことだろう。
ま、この人も悪い夢から覚めたらしいから、多分もう大丈夫だろうがな。
…。
あはは、おかしいよなー。他の奴がNerevarineだって言いふらしていたら、対抗意識持っちまうとはな。
あー、それにしても一気に精神力が削ぎ取られたな…ちょっとだけ飲みにいくか。
※この説得は、PCがメインクエストを進めていると、もっと別の形で説得することも出来るそうです。自分自身を証明できる「あれ」を持っているならば…。
イヤすいません。だって、裸なんてしかるべきところで見たいじゃないか! いくらMephala様の信者だからって、その辺の常識はあるぞ!!(泣)
とまあ、アルコール度数の低いお酒をちょっとだけ舐めてたら、店主さんが「そういえば、こんなことがあったのよ」と話してくれた。
「ホラ、ここって脛に傷のあるひと、多いじゃない。アナタも何だかそんな感じがするわねえ」
「はあ」
「そういう人って珍しくはないんだけど、すぐ裏の丘に、変な人が居座ってるのよ。Orcだったと思うわ。ガッチガチな鎧に身を包んでいてね、いかにも戦士って感じ。怪我したって人はまだいないんだけど、いかにも危なさそうじゃない?」
「そうですねえ」
「この街ってこういう所だから、あまり力のバランス? みたいなものが崩れるのはイヤなのよね。争いになったら、困るのは私たちですもの。Orcは融通きかない人が多くって」
街の外に居座っているOrcかあ。武装したOrcならこの街にも一人ウロウロしている人がいたはずだが、どうしてそいつは街に入ってこないんだろう? かえって悪目立ちするというものだというのに。この辺はごろつきも多いし、因縁をつけられて襲われそうなもんだけどなあ。
そのOrcが気になったので、勘定を済ませて裏の丘に向かうことにした。
折悪しく歩いているうちに風が吹いてきたが、酔いも完全にさめた頃、それらしいOrcに出会うことができた。
一見すると「いかにも」な感じのOrcだった。Orc製の鎧に身を包み、顔を覆う兜のせいでその表情は窺い知れない。そのためか、人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。だが、このOrcは、Orcに似ず、どことなく憂いを帯びているようだった。Orcというのは、大抵が豪快、豪胆なガハハ野郎なんだが。
さて、見つけたはいいがどうしようか迷っていると、男のほうから声を掛けられた。
「俺を探しに来たのか?」
頷いて名前を聞くと、男は首を振った。
「俺の名前なんてどうでもいいんだよ」
「え?」
「俺の名前を知ったからって、どうしようってんだ? ただUmbraと呼んでくれればそれで十分すぎるだろ。俺の剣の銘なんだが、俺の名前にもなっちまったのさ」
そう言って、腰の剣を叩いて見せてくれた。黒くきらめくよこしまな剣。俺の腰にある、Chrysamereの輝きとは対照的な。
Umbra。
思い出した。あのDwemer先生の本にあったアーティファクトだ。
「俺はな、ほんのちっぽけなことしか成し遂げられなかった」
堰を切ったように、Umbraと名乗ったOrcは語り始めた。長い長い話だった。
面を通してさえ、男の深い悲しみと疲れ、拭い去ることのできない絶望の表情が透けて見える気がした。
「この世の中、俺が一体どんなことを成し遂げられたっていうんだ? 国から国へ、俺はずっと旅をしていた。一目見ただけで心臓だって止まっちまいそうな化け物だって殺して見せた。ヒトやMerを数え切れんくらい手にかけて、血をいっぱい浴びた。戦争のひでえところ、平和の豚のように浅ましいところも見た。この世界に俺が遺せたものなんか、何も無いってわかっちまったんだ。男、女。種族関係なく殺されまくるのを見た。燃える村をこの目で見た――俺の手には松明が握られてて、炎に水をぶっかけたがそれで何も起こるわけじゃねえ。血にどっぷり足首まで浸かりながら、Umbraを振り回しながら、戦いの栄光を勝ち取るために、そうして俺はいまここに立っている」
Umbraは息を一旦切ると、諦めたように呟いた。
「俺の人生で、何かやりたいことがもうねえんだよ。Daedraの軍勢からあらゆる町を救ったこともあるし、数え切れないお貴族様の栄光のために、人を殺しつくしたこともある。もうあと残されたモンといったら、俺が死ぬだけなのさ。神様がそういう風に俺を変に強くしちまったんだな。せめて、戦士らしく死にたいんだ。やってくれるか?」
Umbraは魂を食らうエンチャントがかけられているという。
男は真名を名乗らず、剣の銘を名乗った。名前はその人を現す。男の名前が剣に食われたとき、彼は自分自身を見失ったのかもしれない。
気が付いたら、俺は首を縦に振っていた。Umbraは、その剣も業物だから不足はない、あとはアンタの腕次第だと笑った。
清々しい声だった。
男は剣を抜いた。
風は、いつの間にか止んでいた。
今までの敵とは全然違う! そこら辺のごろつきなんて、この人に比べたら子供だ!!
一撃一撃が重い。
腕の痺れに耐えながら、間合いを測って斬りこんでいくが男は倒れる気配が無い。
アーティファクトは使い手を選り好みするというが、まさしくその通りじゃないか! その手に持つのがUmbraではなくとも、たとえなまくらの安い剣を振っていたとしても、この人なら何でも斬ってみせただろう。
しまった! 早く体勢を立て直し…。
!!
蹴り飛ばされ、胸から血があふれ出る。目の前がふっと暗くなった。
「どうした、その程度か!」
膝を突いた俺に、戦士たる男の怒号が飛ぶ。
「お前も剣握ってるならわかるだろ! どんな奴も、生きることを諦めちゃそこでお終ぇなんだよ!!」
鞭のような声だった。剣を支えに必死で立ち上がると、無我夢中で剣を突き出した。
一瞬だけ、男は自分の名となったUmbraを仰ぎ見た。まるで目に焼き付けておきたいかのように。
戦場で血染めの栄誉を欲しいがままにした、名も無き男の体が傾ぐ。
…終わった。
俺は膝をついて回復魔法を唱えた。胸に開いた傷が塞がったことを確かめた次の瞬間、目の前が闇に包まれた。
それからどれくらい経っただろうか。風の音で目が覚めた。出血のショックで意識が途切れたようだったが、回復魔法で傷を塞いだおかげで死なずに済んだようだ。血はすっかり固まりきっている。大分長い間気絶していたようだ。
望みのままに死んだ男。とうとう、名前は教えてくれなかった。
俺が男を殺せたのは、全くの幸運だった。「生きることを諦めたらそこでお終い」とは、まさしくその通り。もし、男が死にたがっていなかったら。往時の精神状態だったとしたら。俺に、あの一声をかけなかったとしたら。ここに倒れているのは、俺だった。現に、俺はあの時膝をついたが、男は致命の一撃を受けるまで、全く揺らがなかったのだ。最初から最後まで、負けていたのは俺だった。
俺は暗殺者であっちは戦士なのだから、という問題ではない。ただ単にこっちの腕が未熟だっただけだ。
男の剣を見た。攻撃力は俺の剣よりやや劣るが、それほど重くない。振り回すのに向いている。噂の通り、ソウルトラップの呪文がかけられているようだ。持ち主の魂まで吸い尽くす魔剣…とはいえ、手にしたときはこの人も嬉しかったのだろう。何せ腕の立つ者以外はお断りというお高い剣だ。剣に認められたのだと感じたに違いない。
このまま持ち去るのは止めておいた。何となく、「獰猛な感じ」がしたのだ。Chrysamereは「むず痒い感じ」なんだが、これは俺が暗殺者なせいでそう感じるだけなんだろう。それは相性の問題で済むが、Umbraは何ていうか…危険だ。Chrysamereは持ち手が振り回すことを許してくれるが、Umbraは持ち手を振り回しそうだ。そこらの獣で試し切り、というのも止めておいた。「ちょっとだけ」のつもりが手放せなくなったら困る。
Umbraの血を拭って、俺は男の傍に剣を置いて去ることにした。
戦士らしく死にたいと男は言った。それは顧みられることも、墓さえもいらないということだ。ならば、せめて男が戦士として生きた証を何か置いておきたかった。
剣、それも、男の名を乗っ取った魔剣ならば、墓の代わりとしてこれ以上の適役はないだろう。
さようなら。
真名を聞けなかったのは心残りだけど、俺、あんたのことは忘れないよ。まだまだ自分は未熟者だということを知らしめてくれてありがとう。あんたが負けたことを誇りに思えるくらい精進してみせるからな。
…だけど、いつかまた剣は持ち主を得て、戦場を駆け回り、血肉と魂をすするのかもしれない。
これはそういう剣だから。
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(2009.2.22)