黒衣の英雄・前

 街道は亜麻の種子やアルカンナの花のように、豊富な錬金材料が溢れているが、野生動物に加え、野盗の類が多い。何箇所か奴等の拠点らしいキャンプを発見した。なかなかKvatchへ行く事が出来なくて困る。しかし、しばらく走らせるとKvatchの城壁を目にする事が出来た。山の上にあるなかなか大きそうな街だ・・・が、様子がおかしい。


 風に混じってかすかに焼け焦げた臭いが漂ってくる。目を凝らすと、焼けた枯木と、煤けた城壁が見えた。
 俺は嫌な予感がした。Urielの隠し子は、Jauffreの言葉を信じるならほんの数人にしか知られていないはずだ。一体どうやって・・・と思ったが、向うにはDagonがついている。神の力なら、こちら側の世界にくる事が出来ないにしても、大勢の中からたった一人を探し当てることなど容易だ。


 しかし、かなり大都市らしく、城壁が見えていてもなかなか街まで辿りつく事が出来ない。地図によれば、Kvatchは山の上に建てられ、出入りの門は一つ。見るからに、堅牢なつくりだ。それなのにまさか・・・。はやる心を抑えて馬を走らせ、そしてようやく見えた看板には、だが、爪痕のようなものが刻まれていた。いよいよ不穏な空気を感じた俺に、ハイエルフのおいちゃんが走り寄ってきた。

「来い! まだ時間があるうちに逃げるんだ!」
「落ち着いて! 逃げるって、何から? どういうことだ!?」
「アンタ知らないのか!?」
「Daedraが昨夜、Kvatchを蹂躙したんだ! 城壁の外に入り口が出現して! それはOblivionへの門なんだ!」
「!」


「でも、あんなデカイ都市なのに、Daedraが強力だからってそんな、丸ごと破壊できるのかよ!?」
「じゃあ自分の目で確かめてみろ! Kvatchは焼け焦げた廃墟だ! みんな死んでしまった!」

 おいちゃんはかなり恐慌状態に陥っているが、俺も大分混乱していた。それでも話を聞くと、生き残ったわずかな人々はSavlin Matiusという衛兵隊長が逃がしてくれたらしい。しかし、それも時間の問題かもしれない、とハイエルフのおいちゃんは言った。
 おいちゃんは言いたいことを言うと、止めるまもなく身一つで逃げ出してあっという間に見えなくなった。SkingradとAnvil、どっちへ行くんだろうか・・・武器も持ってないみたいだし、途中でならず者や野生動物に襲われないといいんだが・・・。けれど、今はMartinが気になる。


 生き残った人は、山の中腹で避難所としてキャンプをやっていた。みんな取るものも取り合えずといったところで、気丈に商売をしている人もいるが、あれほどの規模の都市にも関わらず生き残った人は少ない。聞けば、深夜に襲撃があり、Daedraは街に火を放ったらしい。奇襲を受けて壊滅・・・か。
 更に、その状況に際し、外へ逃亡した人と、Akatosh教会へ避難した人がいるらしい。後者を先導していたのが件のMartinだ。教会へ避難した人は、まだKvatchの中に取り残されている。このままではガードが戦力をじわじわ削られて死ぬか、教会の扉を突破されて死ぬか。どちらにせよジリ貧だ・・・。
 俺はどうするかって?


 逃げられたらいいんだけどな・・・どんなに、どんなに運命から逃げたかったことか。だが、ここで逃げたら世界が終わる。畜生、これも神のオミチビキって奴かよ。神はサドに違いないな! 俺は老人のような弱者をいたぶる趣味はないが、あの夢見がちな狸爺、人にあれこれ押し付けといて死んだ後も迷惑をかけるとは、どさくさに紛れて一発殴っておけばよかった!!
 馬を避難所に預けて、俺は山を登った。何にせよ、Savlinさんに話を聞かなくてはならない。


 !!
 あんなに綺麗な青空が、Kvatchに近づくにつれ毒々しい赤に変わっている。こんな光景を見たことがある。Blightの病を撒き散らしていたかつてのRed Mountainだ。勿論あれはDagoth Urの作為による気象現象。これも作為的な現象で、絶対にこんなに禍々しい空は自然現象などではない、と俺の勘が叫んでいる。思わず足を止めて呆然と空を見つめたが、止まるわけには行かない。萎える気力を振り絞ってようやく山頂、Kvatchの城門前についた。


「なんだありゃ・・・」
 城門の前に、毒々しく輝く門が据えられていた。気をとられたその時、
「下がれ、市民よ!」


「そんな事言われても、俺ここに重大な用事が・・・いったい何がどうなってるんだ? 何が起こったんだ?」
「何が起こっただと? 我々は街を失ったんだ! それはあまりにも突然で、我々は圧倒されてしまった。市民を逃がすことさえ出来なかった。まだ中に捕らわれた人々がいる。一部のものは礼拝堂に逃げ込んだが、他の者はなすすべなく路上で襲われた。伯爵と彼の家族はまだ城に匿われている筈だ」

 俺はそっと辺りを見回した。この人が現在、生き残った人をまとめているSavlian Matiusさんか。

「そして今、我々は彼らを助けるために街に戻ることさえできない。あの忌々しいOblivion Gateが通路を塞いでいるのだ」
「アンタは何をしてるんだ?」
「我々はこの場所を懸命に守っている。獣どもにバリケードを突破してこのまま進まれてしまったら、生き残ったものがいるキャンプまで蹂躙されてしまうのだ。私は残ったわずかな市民を保護しなければならない。それが今私に出来ることの全てだ。我が故郷・・・炎に焼かれた我が故郷よ。もう一度そこに戻れないなら、死んだほうがましだ」

 Savlianさんは沈痛な表情で語る。俺には故郷と呼べる故郷なんてないけど、故郷ってのが大切な場所だということは何となくわかる。

「こんなことが起きるとは誰も思っていなかった。奴らは一体どこからやってきたのか。そこら中に悪魔どもが溢れている・・・何か逆襲の策があれば・・・だが私たちは門が閉じるまではバリケードから離れられない」

 守備隊の人はわずかだ。本来はもっと大勢だったはずだが、みんな死んだのか、それとも中で取り残されてる人を守っているのか・・・いずれにせよ、これでは護るだけでも精一杯だろう。

「僧侶のMartinさんのことを聞きたい。俺は偉い人から彼を連れてくるように頼まれた。生きているのか?」
「最後に彼を見たのは、Akatosh大聖堂に向かう集団の先導だった。彼の運がよければ、そこに残りの連中と閉じ込められている。そこなら暫くは安全だ。もしそうでなければ・・・」

 Martinを取られればUrielの希望も潰える。世界は暗黒の時代を迎える。そうならないといいが・・・。

「あの門は?」
「あれはOblivionへと続く入り口だ。敵は街を攻撃するのにあれを使った」

 そこからDaedraが現れたという。あれを閉じなければ話が始まらないか・・・って、俺がやるのか。仕方が無いな。
「わかった。手伝うことはないか? 遊びじゃない。正気だ」
「真剣に言ってくれるのなら助力を受け入れよう・・・しかし、死ぬぞ。それでもいいのか」
「仕方がないじゃないか。腕になら多少覚えはあるし、ここで退いたら世界が終わるんだぜ?」
「わかった。敵はゲートを開閉できる。第一次攻撃の間に開いていたのを閉じたからな」
「もっと開いてたってことか・・・」
「あの巨大な門のど真ん中に印が見える。閉じる方法が見つからないので中に部下を送ったが、帰ってこない。まず彼らと渡りをつけて、出来なかったら君一人でできるかどうか確かめてくれ」
「斥候ってことか。わかった」
「幸運を祈る、としか言えない・・・我々は、待ってるぞ」
「ああ」

 Daedraの眷属の死体を踏み越えて、俺は門に近づいた。熱はないが、しかし触ったら火傷しそうな門だ。


 神もむごいオミチビキをするよなあ(涙)


 所で、Daedraの王子たちはOblivionにそれぞれの領域を持ち、統治している。そして、領域を自分の好きなようにしている。丁度、自分の部屋を自分の趣味にあったように整えるようにな。とても人が住めないような領域もあれば、まあまあ地上に似て人もそこそこ住めるような領域もあるらしい・・・が。これは前者だな。さすが破壊のDagon。暴力的な世界だ。空は禍々しく、地上は瑞々しさの欠片もないし、水の代わりに溶岩が流れている。


 お、誰かいる。

「すいませーん! Kvatchのガードさんですかー!!!
 隊長さんに言われて探しに来たんですがー!!」


「他の人はどうしたの?」
「塔へと連れて行かれてしまいました!」
「状況を説明してくれないか。隊長に渡りをつけるように頼まれてる」
「隊長は門を閉じさせるために我々を送りました。しかし待ち伏せに遭い、罠にかけられ、捕らえられて連れ去られました。私は何とか逃げましたが、他の者は橋の向こう側に散り散りに・・・奴らはMenienを大きな塔に連れて行きました。彼を救わなければ!」
「一人? わかった」
「私はここから脱出します!」
「うん、隊長に報告してくれる人がいないと。まだバリケードを維持してくれてるし」

 俺はその人を見送ると、塔へと進む。途中、何度も魔物に襲われたり、毒を持つ草や攻撃してくる根に襲われたり、とにかくひどい世界だ・・・二度と行きたくない○l ̄l_


 問題の塔は3棟からなる。出入り口のある塔が本棟だろう。中に入ると、巨大な火柱が出迎えた。


 火柱から強い魔力の波動を感じる。何かが上から力を吸い上げているらしい。視覚に悪い色なのでなかなか部屋を見回せないのだが、上に行くには別の部屋に行く必要がありそうだった。
 もちろん化け物の本拠地なので手荒い歓迎を受けた。暗いし強いし、俺、涙目(泣)


 上階へ通じると思われる通路には鍵がかけられていたが、部屋から、隣の棟へ続く道があったので進んでみることにした。まあ、隣の棟も似たような構造なんだが、話し声らしきものが聞こえてきた。駆け上がると、Dagonの眷属のDremoraと、檻に人が入っているのが見える。あれが・・・Menienさんか。

「お前はここにいてはならない存在だ、死すべき者よ。お前の血を飲み干し、肉を食らい尽くしてやろう!」

 何ともお決まりの台詞をいわれ、はいそうですかとも答えるはずもなく。相手が多数だったら俺もやばいが、相手が一人なので簡単に倒す事が出来た。


 Daedraって死なないはずじゃんとか言われそうだが、殺してもそのうち蘇ってくるだけだ。ただ、短期間で復活できるわけではないらしいので、一安心というところ。例えば千年単位で復活に時間がかかったのが・・・。

「おい、君!」



 俺はハッとして老人を見た。装備を外されて、檻に閉じ込められている。
「時間がない! 君はあの大きな塔の頂上に登らなければならない。そこはSigil Keepと奴らは呼んでいた。Sigil Stoneを見つけて取り除くのだ。そうすればゲートは閉じるだろう。急いでくれ!」

 この番人は鍵を持っていた。これで、さっき閉鎖されていた鍵が開くとの事。

「私のことは心配しなくてもいい。時間がないのだ! 早くしろ!」
「そんな・・・」
「私は奴等に痛めつけられ、満足に動けない。君の足手まといになれば、二人で犬死だ。私はここで死ぬだろう。しかし、その代わり、君がKvatchを救ってくれるなら本望だ」
「Menienさん・・・ごめんなさい、俺・・・」
「いいから、さあ」

 Menienさんに促され、俺は、鍵を手に駆け出した。一瞬だけ振り返ったMenienは、笑っていた。Menienさん。俺、アンタの名前、絶対に忘れない。


 その後もDremoraたちを倒して、何とか最上階の部屋までたどり着く事が出来た。
 あれが、Menienさんの言ってた石か・・・。










 ・・・どうすりゃいいんだ、これ。
 炎の噴水に浮かぶ玉のように、Sigil Stoneは浮いている。うーん、これがキーの魔具ってことは、これを所定の位置からずらせばいいのかな。でも手を伸ばしても届かんだろ、これ・・・と思いながら、火傷しないように恐る恐る手を伸ばしてみると、石のほうから寄ってきた。お、熱くない・・・。



「のわあああああああああ!!!!」

 石が小さくなった、と思ったら突然行き場を失った力が暴走し、火柱が吹き上がった。
 視界が真っ白になっていく。

 うああ・・・死ぬ前に美味しいものが食べたかった・・・。


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(2007.1.1)