黒衣の英雄・後


 城の奥に突入した俺たちは、どんどん敵を切り崩していった。とはいえ、城内は城を舐めている炎の灯りだけが頼りで、煙いし目がチカチカするわでつらいものがある。そして、城内も相当荒れており、所々通路が塞がれている場所があった。俺とMartinと帝国兵の皆さんじゃ城の構造なんて知りようも無いし、他に生存者も居ないか気になるので、結局、部屋をしらみつぶしに探すことになった。城内を知っているKvatchのガードがいれば良かったのだが、まあ贅沢を言ってられない。


 炎を操ってくる魔物ばかりだ。
 街や城に火をつけたのはこいつららしい。








 そして奥の部屋には・・・冷たい伯爵の身体が横たわっていた。脈を確認してみたが・・・やはり亡くなっている。
 城は昨夜のうちに、とっくに陥落していたらしい。もしかしたら死んでいるかもしれない、と最悪の結果を思っていても、それでも心のどこかで生きていることを信じていただけに、落胆の溜息が漏れる。
 とにもかくにも、隊長さんに報告しなくてはならない。周りを見回したが、伯爵の家族は見えなかった。しかし、この有様ではとっくに生きていないだろう。城の中にも、生存者は居なかった。
 俺は伯爵を発見したことを証明するために、とりあえずそれっぽい指輪を伯爵の指から抜き取って、元来た道を戻った。


「伯爵はどちらに? なぜ君と一緒ではないのだ?」
「・・・残念だが、伯爵は既に事切れていた。時間も大分経っているみたいだった」
「我々は・・・我々は遅すぎたのか?」

 途端に、Kvatchのガードたちの間から溜息が漏れた。もっと早く到着していれば、と唇をかむ隊長に、俺は声を掛ける事が出来なかった。けれども、俺が助太刀したことに感謝してくれた。良い人だ。
 俺は伯爵の指輪を渡した。かなり重要なものらしく、新しい伯爵が叙任されるまで守られなくてはならない、とのこと。そして、隊長は、今まで着ていたガード服をくれた。ガード服は衛兵の誇りだ。とても俺なんかが受け取れる代物ではない。けれど、押し問答の末、俺は結局受け取ることにした。とても着ることはできないが、大事に扱おうと思う。

「Kvatchは以前にも廃墟から立ち上がった経験がある。またそうするだろう。君には感謝しているよ」

 俺は頷くことしか出来なかった。

 翌日。
 とりあえずJauffreのいる修道院に向かうことになったが、キャンプに戻った時点でかなり夜が更けていたので、一晩お邪魔することにした。住民の顔は、街が被害を受けたことについて、皆一様に顔を曇らせていたが、それでも。Oblivionの門が閉ざされてDaedraがあらかた駆逐されたことには喜んでいた。


「修道院に行く前に、少しいいだろうか」
「ん? Martinさんどうしたんだ? 忘れ物とか?」
「いや、そうではない。ここに居る者の中に、裏手で住んでいる農夫の姿がないと思ったんだが。変わり者だが、あんなことがあっただけに心配だ」

 件の農夫は、街の裏の山の麓に住んで農業を営んでいるSlythe Seringiという人だそうだ。Kvatchに農作物を卸していて、食料の全てを賄っているわけでないにせよ口にしなかった市民は居ない、という。街から離れているのなら被害を受けた可能性は低いが、ここは様子を見に行っても構わないだろう。

 農場は昨日まできちんと手入れされていたようで、だが家の戸を叩いても家主は出てこなかった。まさか中で死んでないだろうか、と戸を開けると、すんなり開く。


「誰も居ないな」

 Martinは辺りを見回して呟いた。慌てて出て行ったのか、鍵もかけていないし、荷物もそのままだ。どこかに逃げていったのだろうか。テーブルには皿まで用意されているし・・・と。俺はその皿の上にメモらしきものがあるのに気がついた・・・が、意味不明の内容だ。
 Kvatchが襲撃されたことについての日記みたいなものだが、Daedraの襲撃だったのにThe Sunken One(沈める者)の仕業ということになっている。要するに、The Sunken Oneを信仰しなかった罰としてKvatchが焼かれたということだろうか。何やら農場主の父親もその存在を信仰していたらしいが・・・。

「Martinさん、これどういうこと?」
「彼は変わり者だと言ったが、その・・・The Sunken Oneというものを信仰していてな。それを除けば真面目な人だったんだが」

 どうも彼の一家は宗教を創始してしまったらしい。俺は微妙な顔で頷いた。

「しかしまあ、助けに行かないわけにはいかない。Daedraの襲撃ということははっきりしているし、誤解を解く必要がある。話せば分かるだろう」
「そうだな、で、どこに行けば?」
「こっちだ」

 土地勘のあるMartinに連れられて、俺はSandstone Cavernにやってきた。


「まさか、Martinさんも行くのか?」
「当たり前だ。君を見捨てて待っているわけにはいかない」

 うーん、と思ったが了承することにした。今Daedraたちに狙われているのはMartinだ。そのために街一つを潰したくらいだし、洞窟より比較的安全な野外とはいえ、一人にしておくと何が起こるかわからない。それなら、俺がついていた方が、かえって安全だろう。


 中は、野生動物の住処と化していた。狼やネズミ、インプが襲い掛かってくる。


 こんなありさまだと農場主さんが生きているのか心配になってくる。


 火が所々に焚かれていることから、ちゃんとここに来たんだろうと推測はつくが・・・。
 Martinも心配そうに辺りを見回している。


 と、宝箱の上にメモを見つけた。そこにはSeringi氏の絶望が書き留められていた。The Sunken One の試練、とあるからには、今まで襲ってこなかった野生動物が襲い掛かってきたのだろうか。


 洞窟の最深部に俺たちは到達した。
 名前を呼びながら探してみるが、返事は無い。
 ふと、崖下を見ると、誰かが倒れているのがうっすらと見える。

「誰か倒れてる。あれが農場主さんかな。動いていないけど・・・生きてるだろうか」
「もしかしたら怪我をして動けないでいるかもしれない。急ごう」


「・・・脈が無い。手遅れだ」
「遅かったか・・・もう少し早く我々が来ることが出来れば・・・」

 袋の中身を改めると、真珠やルビーなどの供物らしき宝石が中に入っていた。さすがにこれを取る気にはなれない。
 ふと、彼の纏っているローブからメモが零れ落ちた。
 死ぬ間際に書き残したものであり、そこにはこの人が魔物に襲われて致命的な一撃を受け、彼の崇める存在を宥めることに失敗し、The Sunken OneがTamriel全てを破壊と死に巻き込むであろうことが記されていた。

「・・・Martin」
「待て、何か来る!」

 Martinは武器を抜き放ち叫んだ。


「Storm Atronach!」




「Martinさん、2、3発食らってたが大丈夫か?」
「ああ、問題ない。回復魔法で直る程度だ」
「ところでこいつがThe Sunken Oneなんだろうか」
「Storm Atronachからしか採集出来ないヴォイド・ソルトを持っていることだし、見たところStorm Atronachの変種・・・だろうか。しかし、この辺りでAtronach系の・・・しかも最上位のStorm Atronachが出たという噂は聞いた事がない。大抵、彼等はどこかの洞窟か遺跡に集団で姿を隠している。一匹でいることなど滅多にないのだし、冒険者か、Daedraを崇める召還士の類で無い限りは普通に生きていれば見ることのない存在だ。たまたまこれがここにいて、Atronachなど見たことのないSeringi氏の一家は神と勘違いして崇めるに至ったのだろう」

 いずれにしても空しい結末だ。
 俺たちはSeringi氏の遺体を外に運び出して、わかりやすい所に埋めた。俺たちが出来ることは限られている。


 Chorrolまで旅を続けることにしたが、馬が一頭しかないので交代で乗ることにした。野原を突っ切っていけば近道なんだが、生憎俺は土地勘がない。無駄に遺跡なんかあると盗賊だの魔物だのが出るし、Martinは明らかに旅慣れていないので、歩きやすい街道を進むことにした。幸い、盗賊だの野生動物だのは俺がKvatchに行った時に倒しているので、暫く現れないだろう。
 Kvatchのキャンプを出たのは早朝だったが、件の一軒で時間を食ったため、Skingradに着いたのは夜の八時を過ぎていた。一泊する程度の路銀なら十分持ち合わせがあるので、今日はこの街の宿屋に泊まることにした。


「ちょwwwwテーブルの上に乗るなwwwwww」
「システムが悪い」

 たまにこういう変な事が起きるので困ったもんである。笑えるが。





 Martinはちゃんと眠れているだろうか。昨日の今日だけに不安だが。それにしても、敵は先手を打ってくる。このままでは俺たちはジリ貧だな。


 街道沿いを行き、昼にはワインおばさんの宿で昼食を食べた。それとなく聞いてみたが、Kvatchが襲撃されて以来、Martinはよく眠れていないらしい。確かに、トラウマ級の出来事だからな・・・無理は無い。Jauffreが安心して寝られる場所を提供してくれれば良いんだが。


「あれが帝都か・・・」
「行ったことある?」
「まあ、数えるほどだが。今あの塔を見ると、今までとは違う思いが浮かんでくる」

 あそこの主になるんだもんな。そりゃ違う感想も抱くというもの。ちょっと行ってみるか、と提案したが、修道院に行くほうが先だと言われた。まあ、行ったところですることないし、狙われている以上、時間を浪費できないしな。


「あんた・・・あんたじゃないか! Kvatchを救った英雄さん! こんなに光栄なことはないよ!」
「は、はあ・・・」

 帝国の街道巡回兵に思いっきり感激された。何でも俺はこのローブにちなんで『黒衣の英雄』と言われているらしい。Kvatch壊滅が衝撃的なニュースだっただけに、そこに飛び込んで事態を救った俺が英雄視されている。多分、昨日一日で国中に広まっちまったな。俺がKvatch解放に手を貸したのは成り行きなんだが・・・。
 Martinが皇帝になるという運命に巻き込まれてしまったように、俺も英雄になるという運命に巻き込まれたようだ。何でも運命って言えば済むもんじゃないが、さすがにこうまで来ると、何かが意図してるんじゃないかと疑いたくなるな・・・。


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(2007.1.2)