Brumaのスパイ
Chorrolでの用事を済ませて、寺院に戻る。
道中は野生動物やら盗賊やらに襲われる程度で、さして問題なし。
一方、Jauffreは悩んでいた。
(やはり殿下にこのことを言うべきだろうか? Nightは、Templeが崩壊した今ではMorrowindの人民の心の拠り所。今は帝国とMorrowindは落ち着いているが、下手をすれば帝国と衝突することもあり得る。殿下がNightを友として見ておられるのは、楽観的に見れば国と国の友好のために良いことなのかもしれないが、万が一の可能性を考えれば危険だ。いやしかし、まだ殿下は勉学に励んでおられる最中。しかも、今は特にMehrunes Dagonの書を解読しているという重大な作業をしておられる。下手なことを注進して動揺させるのはまずい・・・。それに、Nightを突付くのもまずい。どういうわけかBladesに協力的だが、無闇に刺激して仕事を放り出されると、貴重な人材を失う・・・。
考える時間が欲しい。Nightを殿下に近づけたくない。Chorrolへ行かせるようには仕向けたが、精々一日二日の足止めにしかならないだろう。Nightは何を考えている? 未来の皇帝と近づいて、何をしようとしている?)
「そんでさ、俺の友達が緊張しまくってる俺に言ったわけだ。『いいか、確かに、多くの人から注目されれば緊張することもあろう。しかし、場数を踏めば大丈夫。とはいえ、最初のうちはそうはいかない。私も最初は頬が熱くなったり、手に嫌な汗をかいたりしたものだ。そこで、私が取った方法は、自分に暗示をかけることだった。自分をナスだと思え、とね。そうして経験を積むうちに、慣れていったよ』」
「はっはっは、君の友人は面白いことを言うものだね。普通なら見ているほうをナスだと思え、というところなのに」
「そこが友達の違うところだったんだろうなあ。あいつは俺よりも言葉が巧みで頭も良くて、Merだから俺より長生きで、経験も多く積んでたからさ。友達の言ってたことがMartinの参考になるかどうかはわからんが、司祭として説法とかしてたんだろ?」
「そうだな。もちろん、Kvatchの住人は信心深かったが、全てが教えに精通していたわけではない。そこで、教義を噛み砕いて、身近な例を示して集まった人たちに喋っていたものだ」
(・・・・・・)
Jauffreは内心の苦々しさを隠してNightに話しかけた。
「こら、殿下の邪魔をするではない。大体、帰還したらまず私に報告することがあるのではないか?」
「あっ、スイマセン!」
「いいんだよ。Nightと話していると息抜きになる。それに、呼び止めてしまったのは私なんだ」
Nightは飛び跳ねるように椅子から腰を上げた。Jauffreの目には、どこにでもいるようなArgonianの若者に見える。とてもではないが、英雄には見えないだろう。自分の考えが間違っているのだろうか、とも思えたのだが、実際に都市一つを救うほどの腕はある。それに、Nereverineは報告によれば高貴な生まれでも何でもなく、奴隷として育ち、主人を刺して逮捕された囚人だった。
(今度、それとなく過去のことを話させるように仕向けるか。それで、はっきりするはずだ)
Jauffreはそう考えて、Nightに話しかけた。
「各都市に潜むスリーパー狩りのほうはどうだ?」
「大体これで掃討されたと思う。ただ、名簿があるわけじゃねえから根絶できたかは怪しいがな。それでも、連携を切る程度のことは出来たはずだ。焦って姿を見せてくれるといいんだがな」
「Brumaはどうかね」
「Brumaはいなかったなあ。それが?」
「物見の報告では、ここ数日、不審な者を見かけるようになったようだ。連携を切ったことで、上手に隠れていた者どもが浮き足立ったのかもしれん。だが、大規模な山狩りを行えば寺院は手薄になるし、目立つ。それはいけない。そこで、お前一人で諜報員を排除することだ」
「俺一人でぇ?」
なるべくMartinとNightを近づけるのは良くないと判断して、あれこれ仕事を与えて暇にさせないつもりだったが、不審を感じさせるのもまずい。ここは一言添えておくべきなのかもしれなかった。
「お前は新参とはいえ、Bladesの他の隊員よりも能力的に優れているところがある。それを見込んでのことだ」
「まー、仕方がないか」
「CaptainのSteffanと話しなさい。彼は詳しいことを知っているはずだ。BrumaのBurd隊長も助けになろう。伯爵夫人に衛兵が不審者の動きに目を光らせるように頼んでおく。諜報員は見つけ次第殺すこと。出来れば何を知っているのか、何を企んでいるのか調べろ。もしかしたら書簡なり何なりがあるかもしれん。こことBrumaはMythic Dawnにとって攻撃対象だ」
「アイサー」
「・・・というわけで、不審者のこと、知ってたら教えてくれないかな」
「そうだな。夕暮れ時にルーン文字の石碑の近くにいるのを見る。森には詳しくないようだな。Jauffreは外壁から離れて動くことを禁じていてな、物資や食料などをBrumaから運んでくるのも、常日頃注意はしていたのだが、最近はもっと目立たぬようにしなくてはならなくなった。だが君は敵に攻撃できるのだな! 皇帝の安全をお守りする間、君は我々の鬱憤を晴らしてくれたまえ!」
ここが問題の石碑。道から少しだけ外れたところにある。
一応、無視の呪文で姿を見られぬように来ては見たが、昼間なせいで、人影なし。夕暮れまで待つのも手だが、奴等が姿を見せるより俺が凍死するほうが早い。時間があるので、Brumaに行って衛兵に聞き込みをしてみることにした。
門の辺りにいた衛兵さんにそれとなく聞いてみたものの、特に変わったものは見ていないそうだ。報告は全て隊長のBurdに行くそうなので、城の衛兵のバラックにいたところを、Bladesであることを明かして尋ねてみた。一人一人に聞いて回るよりも余程効率が良い。
「寺院を伺っている不審者がいるらしいのですよ。何かご存知ですか。人の移動についてとか、小さなことでもいいんですけれど」
「人の移動ですか・・・Oblivion Crisisにはありますが、まだ城壁の中は平穏です。外は旅行もなかなかままならないので、行商人やらが回って来ずに物価がすこし上がってしまいましたが・・・ああ、そうそう。旅と言えば、Jearlが南の旅から戻ってきましたね。あ、つまらぬことを失礼。
BrumaはBladesと付き合いの深い街です。目を光らせるようにと言ってはいますが、報告はありませんね。何か不審な者を発見したら、私に申し出て下さい」
「わかりました。ご協力感謝します」
気のいいNordの隊長さん、Burdに別れを告げると、一旦その場を引き下がって情報収集のために街を出た。
勿論、尋ねるのは盗賊の女房役、物乞い。ここはJorck the Outcastに話を聞いてみた。
「見知らぬ者を見なかったか?」
「うーん、何も思い浮かばんね。もちろん、あっしの記憶は昔のようにはいかなくなることもあるんでさぁ」
目がチラチラと泳いでいる。俺はポケットに手を突っ込んで、小銭をチラリと見せた。
「ところで、話すと喉が渇くと思うが、何か思い出すと奢って差し上げるぜ」
「ああ、今思い出したよ。そうそう、いつだったか、Jearlの家で誰かが窓から外を見てたのを見かけたんで。見かけたことのない奴だったなあ。Jearlが家にいない時だったよ。言いたいことはわかるな? さて、全部話したから物凄く喉が渇いたよ。親切にどーも!」
俺は小銭を渡して、城に引き返した。
「何か新しいことが?」
「Jearlのところにお客さんがいるそうだ。南からの旅の時に、拾ったのかな、って思ったのですが」
「それは妙だ。彼女は一人で戻ってきたんだよ。私の勘では、どうも嫌な感じがする。君はCloud Ruler寺院の仕事をしているんだったな。彼女の家をガサ入れを認めると部下に伝えておくよ」
「ありがとうございます。何か見つかりましたら報告いたしますので」
「何、あなたは信用できそうだ。この事態に対処できるとね。でも、あなたは隠密なんでしょう。Bladesのことを見てみぬ振りをするのもここBrumaの流儀だよ」
問題の家は、盗賊ギルドの仲買人Ongerの家のすぐ目の前にあった。JearlはMythic Dawnのメンバーであるかもしれないが、脅されて協力しているだけかもしれない。夕暮れになれば密偵が石碑でうろちょろするらしい。少なくとも一人は石碑に張り付くことになるのだろう。家の防備が手薄になる時間を狙って捜索することにする。
その間、寒い屋外にいる趣味は無いので、久しぶりにBrumaのギルドを訪ねてみることにした。師は幻術魔法や召喚魔法の訓練中で、Scampなどを呼び出していたりしている。破壊魔法はアレなのでロビーで訓練していないが。
「あらまあいらっしゃい! その後どうかしら? 噂は聞いてるけれど。何でも期待の新人さんって話ね」
「そこまでのものではないですが、そこそこ順調です。今はこの辺りの薬草を探していて、それでレポートなんか書こうかな、と考えているところで」
「そう、頑張ってね! ああ、そうそう。だったら下にプランターがあるから、ちょっと見せてもらいなさいな」
口から出任せとはいえ、錬金術のレポートのために各地を旅する魔術師、というのも隠れ蓑として意外とイケるかもしれない。実際、錬金術の腕前は人から金を取れる程度はある。
色々話をしたりしているうちに時間が過ぎ、人に会う約束があるので、と頃合を見計らってギルドを辞去した。
てい。
時刻は19時すこし前。少しずつ闇が迫っている。
一階に人の気配はなし。奥に、絨毯の影に隠すようにして落とし戸があったので、地下に下りる。
地下には、ベッドがもう一つと、教義書。それに、Ruma Camoranからの書状があった。客を一人抱えているという言葉は本当だったというわけだ。それに、Rumaは既に殺されていることから、それ以前に託されたものと伺える。
書状を見て、背筋が寒くなった。Martinの名前と、彼がSeptimの後継者であり、Cloud Ruler寺院に身を隠していること。それに、MartinをKvatchから救い出したエージェント、つまり俺の存在まで突き止められているのだ。しかも、Brumaの門前にGreat Gateを開くというとんでもない計画もそこには示されている。まず、Lesser Gateを三つ開くことがその準備になるらしいが・・・。Kvatchの門前や、各地で見たあのサイズがLesserなら、Greatはどんな大きさになるのやら。俺は書状を懐にしまい、地下からどこかへ通じる扉を開いた。書状のあて先はJearl。彼女は脅されたのでもなんでもなく、教団員だったというわけだ。
扉から先は、天然の洞窟が広がっていた。ネズミしかいないが、念のために無視の魔法で身を隠しながら慎重に進む。
洞窟の先は、Brumaの城壁の外だった。ここを通ることで、誰にも見られることなく活動していたと言うわけか。
あとは、石碑にたむろしているスパイを斬るだけ。再度無視の呪文を唱え、近づくことにした。
いた。不審者丸出しで寺院の方向へ歩いている。それにしても、よく半袖七分丈ズボンでこんなクソ寒いところを出歩けるもんだな。
「こんばんは」
姿を現した俺に目と口をまん丸に開いたのは一瞬。幹部ご指名の密偵だけあり、すぐに第一撃をかすり傷で済ませて変身、Mehrunes Dagonの名を唱えながら反撃してきた。
メイスは当たれば骨が砕けるが、リーチが俺の刀に比べて短い。距離を取って攻撃をかわしながら確実な一発を入れる。
鎧ごと体を斬られてJearlは死んだ。ここは寺院の物見から丸見えの位置にあるので、何が起こったか分かるだろう。人の通りはBlades以外無いと言っていいので、放っておけば野生動物が彼女を始末する。ハンターだの冒険者だのが死体を見つけるかもしれないが、Brumaのガードには手回しをしているので騒ぎになるまい。
あとは、もう一人のスパイ、Saveriなのだが、どういうわけか、周辺を探索しても姿は見えず。
不思議に思って、報告を兼ねてBurd隊長のところに行くと、それらしい不審者が衛兵とやり合いになって、見事斬り飛ばされたとか。Rumaの手紙には「いいこと? やりあうんじゃないわよ、絶対やりあうんじゃないわよ!」と書かれていたのだが。密偵なら密偵らしく大人しく行動してろと言いたいな。まあ、各都市の諜報員を俺が斬って焦ってしまったのが原因だろうし、この命令を出したRumaも俺の手にかかった。熱くなるのも致し方ないか。
燃えるような夕焼けが美しい。空が赤く染まっても、こっちの赤のほうが断然良い。
「殿下、お邪魔をして申し訳ないのですが、Nightは、殿下から見てどのような人物だと思いますか」
「そうだねえ。私が・・・その、次期皇帝、だと知っていても臆することなく話してくれる。こんなことを言うのはバチが当たるかもしれないが、Bladesの皆は私を皇帝だと思い、丁重に、崇拝するように、悪く言えば腫れ物か何かのように接している。自分のような卑しい者が皇帝に話しかけたら汚れてしまうんじゃないかってね。私はそれが重く感じるのだ。現に、Jauffre、今まであなたは親のように私に接してくれたのに、臣下としてへりくだっているだろう。急にJauffreが遠いところに行ってしまったかのように思っている。心根の善い沢山の者に囲まれているが、どうにも孤独を感じるのだ。
皇帝にとってはそれが普通のことで、運命というものが私を皇帝に押し上げるのなら私は孤独に慣れなければならないだろう。しかし、私はまだ自分が皇帝たる心の準備ができていない。弱音を吐いてはいけないのかもしれないが、目の前にある現実に、子供のように戸惑ってしまっている。Nightとはそれほど多く言葉を交わしたわけではないが、彼はそういう私の苦悩を手に取るようにわかってくれるんだ。Morrowindから旅行に来たと言っているが、もしかしたら良家の息子か、或いは何かのギルドなり何なりで高位のところにいるのかもしれないね。言葉の端々からそれらしいことが感じ取れるし、何しろ、Kvatchを丸ごと救ってしまうのだから。Nightが物凄い肩書きを持つ者であったとしても、私は驚かない。若いのに、大したものだよ」
「Nightがもし悪人であったなら・・・もし、殿下の敵になったら殿下はどうなさいます」
「さて。わからないね。Jauffreは、Nightが馴れ馴れしいから危険に思っているんだろう。私に近づいて、利権を貪ったり、とか」
「それもあります」
「しかし、私などのために命を懸けてくれるのは確かだ。何か思うところがあったとしても、金や名誉が欲しいという理由だけで、たった一人で敵に立ち向かうなどという危険を冒せるものだろうか。私は、Nightが何者だったとしても、そういうところを信じたい」
「殿下・・・殿下は・・・」
「何だい、Jauffre」
「Nightの全てを、お知りになりたいですか?」
「それは、どういう・・・」
「ただいまー」
「あれ? 空気が重いけど、重要な話し中だった?」
「いや。何でもないぞ。それより、密偵はどうだった?」
「あれならオッケーだ、Jauffre。もう心配はいらない」
「そうか。だったら伯爵夫人に報告と感謝の意を伝える書状をしたためるとするか」
「ところで、Night。お前がスパイ狩りで不在の間に、伯爵夫人に不審者の情報を伝えに言った折のことだが、こんなことを愚痴られたぞ。『Bladesも色々苦労しておりますのね。そうそう。BladesといえばAkaviriですけれど、Kvatchの英雄にお仕事を頼みましたの。けれども全然。後でしますって言ったきり、私のことなど忘れてしまったかのよう』」
「ゲッ!!」
「Brumaの歴代の領主とBladesは、土地が近いという関係上、かなり密接な関係にある。これからは何かと伯爵夫人と協力することもあるかもしれん。彼女は非常に計算高い女性だし、Brumaに利が薄ければ要請を渋ることもあろう。だから、機嫌を取っておくに越したことはない。準備が整い次第、彼女の元に出向いてBladesの者だということを明かし、仕事を果たしなさい」
「へ〜い・・・」
「ハハハ、友よ、大変だな」
Martinは笑って本のページをめくった。
「全くだ。でもあんたも大変だしなあ。ここにずっといたら運動不足でメタボになっちまうぜい。何か体を動かした方がいいんでないの? 密偵も排除されたから、Brumaに遊びに行ったりできればいいのに。そうでなきゃ、ただのMartinとして街で過ごせる時間が二度と無くなっちまう。『独身最後の夜だから飲みに行くぞフラー!』ってのがあるが、そういうことをした方がけじめもつくし」
「ふむ。一理あるな。Jauffreがどう思うかだが。私も折角だから、Bladesと協力体制にあるBrumaの街を見てみたい」
「Night、殿下を焚きつけることをするではない。所在がバレているのだから、危ないことは出来ぬのだぞ」
「えー」
Baurusが柱の影でにこにこ笑っている。
「何、その時は私が命に代えても殿下をお守りしますよ」
「Baurusも全く・・・」
広間にいた他のBladesの団員もクスクス笑いが漏れている。Jauffreの顔は正反対だが。
結局は、Martinの気持ちが一番、ってことらしい。Bladesは今でもあまり好きにはなれないのだが、Martinのことが好きって意味では気持ちが一緒なので、そこら辺で妥協できるかもしれないなあ、と思ったワケだが。
「ホラ、いつまでも油を売ってるんじゃない」
「あまり急かすなよう」
Jauffreだけは好きになれなさそうだ。うん。
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(2007.4.30)